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王子様じゃなくてもいいですか?
王子様じゃなくてもいいですか?
Author: 文月 澪

第1話 春雷

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-05-06 17:56:57

 春の日差しが段々と暖かくなって、爽やかな風が短く揃えたショートヘアの首筋をかすめる。高校2年生の生活が始まって、もう1ヶ月。来年には受験が控えているから、そうのんびりもできないけど、新しい教室はやっぱりどこか心が騒ぐ。

 校門が近付いてくると、同じ高校の生徒が増えてきた。それと一緒に集まるのは、好奇の視線と黄色い悲鳴。ちっとも隠れていないのに、ヒソヒソと話す声を風が運んできた。

「え、誰!? めっちゃカッコイイんですけど!?」

「やだ、あんた知らないの? 2年の新堂 凛先輩だよ。王子様って呼ばれてるの。それも納得だよね。朝から目の保養だわ」

「スカートはいてる……って、え、女の人なの!?」

 新入生と思われる2人組が騒いでいる。でも、これくらいは可愛い方。

 校門を挟んだ向こうから、ひとりの女子生徒が駆けてくる。

「凛くん、おはよう! はぁ~、今日もかっこいい~。ね、これ、お弁当作ってきたんだ。一緒に食べよ?」

 そう言いながら、腕にしな垂れかかってきたのはクラスメイトの眞鍋さん。ゆるく巻いたボブが揺れて、いかにも女の子らしい。その前髪に、小さなヘアクリップを見つけた。

(あ、デコ・ティアラの新作だ……いいな……でも、見つかったらお母さんがうるさいし、似合わない、か……)

 私の視線に気付いたのか、眞鍋さんがすり寄ってくる。

「どうしたの? 私、何か変かな~」

 あざとく前髪を見せつけながら、欲しがっているであろう言葉を口にした。

「うん、そのヘアピン可愛いね。よく似合ってるよ」

  触れるか触れないか、ギリギリの所で髪を梳く。すると周囲から悲鳴が上がった。

「ずるい!!」

「なに、アイツ……」

「あ~……眞鍋だよ。同じクラスなのをいい事に、凜くんにべたべたなの」

「うわ……キモっ」

 それをきっかけに、我先にと集まってくる。そこには先輩も、同級生も、後輩も、男も女も入り混じっていた。口々に賞賛の言葉を吐きながら、互いを牽制し合っている。

 私はただ、それを受け入れるだけ。あまりにひどい人には注意するけど、それすらも『王子様』を助長させていく。

 才色兼備、眉目秀麗、品行方正。

 それが周囲の、私に対する評価だった。

 だけど、私はそんなにいい子じゃない。嫌われたくないから、演じているんだ。お母さんも、小さな頃から『王子様』を私に望んでいた。歌劇団の男役が好きなお母さんだから、私をそこに入れたいみたい。何度も何度も、DVDを観せながら『凛はこの人達と一緒に歌うんだよ』と繰り返していた。

 それに従っている私も悪いと思う。反抗すればいいだけ、そう思われるだろう。でも、長年刷り込まれた習慣は簡単には抜けない。

 今日もまた、張り付いた笑顔で1日が始まる。

 はずだった。

「うわ~、すごい。本当に王子様だ~」

 突然響いた声に、視線が集中した。そこにいたのは、柔らかい茶髪と、幼い面差しの男子生徒。周囲の空気が少し震えた気がした。

「おはよう。君は初めましてだよね。私は2年の新堂凛。君は?」

 眞鍋さんがブレザーの裾を引くけど、私は意味が分からず首を傾げる。それに応えたのは、目の前に進み出た男子生徒だ。

「ボクは3年の瀬戸夕貴。凛ちゃんか~。よろしくね」

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